7月末日を迎える

2022年も折り返しを過ぎました。Twitterの手軽さもあってブログを書くことが億劫になっています。Twitterの手軽さ、スピードを諜報しています。
先月には創業25周年ということもあり、朝日新聞と日経新聞にカラーの一面広告を出稿しました。かつて、日経ビジネス誌が企業の寿命は30年ということを書いていて、30年という数字が一人歩きしているようなこともありました。オデッセイコミュニケーションズが25年を迎えられたことはとてもラッキーなことだと思っています。社員、お取引先、それと商品に恵まれた結果だと思います。
創業者のぼくも数年前に還暦を迎えました。これまでお世話になったみなさんへの感謝の気持ちの上に、もっといい会社を目指していきます。社会が必要とする「知」というものを、テストの形式をとりながら、広めていくことを続けていきたいと希望しています。
日本の凋落が言われ始めてかなりの時間がたちました。なにが足りないのか、自分なりに感じるのは、「知性」「アニマル・スピリット」「グランド・デザイン(大戦略)」が日本にはない、あるいは足りていないのではないか?他人ごとではなく、まず自分のことだとここでは認めておきます。

時間の流れ

一年ぶりにブログに返ってきました。昨年6月クウ太郎が亡くなりました。17歳と半年の命でした。最後の数年は動物病院通いが続き、担当していただいた先生にはとてもお世話になりました。人間ほどではないかもしれませんが、動物たちの介護もたいへんです。時間だけでなく、金銭的にも。クウ太郎の場合は、若いころはほんとうに自己中の奴で、言うことは聴かないし、触られるのも嫌い、なんどか噛みつかれたこともありました。
おじいちゃん犬になってから、特に身体の自由がきかなくなってからはとても丸くなりました。最後の一年は毎日のようにいっしょに出社、ぼくの部屋でよたよたと歩いたり、横になったりして老犬の時間を送ったものです。おしっこやうんちの対応もしばしば。
クウ太郎がいなくなって、わが家にはもうワンコはいなくなりました。2015年8月カイ(♀の甲斐犬)がなくなり、6年後の2021年6月にクウ太郎(♂甲斐犬)がなくなりました。甲斐犬愛護会に登録されている「黒犬犬舎」は一頭も作出することなく幕を閉じました。
また犬たちとの生活を始めたいという気持ちもありますが、自分の年齢を考えたとき、最後まできちんとめんどうを見てあげられない可能性があるので躊躇してしまいます。カイとクウ太郎の思い出をかみしめているだけで気持ちは一杯!新しいワンコが心の中に入ってきたら、かれらから反対の声が聞こえてきそうなので、もう飼わないかと思います。

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写真は晩年のクウ太郎。身体を支えることもできなくなり、クッションの上に身体を預けている様子。

あっという間に足腰は萎えていく

昨日の続きになります。
昨年11月の誕生日の頃は、ゆっくりゆっくりですが、クウ太郎は家の近くの公園まで、およそ300メートルくらいあるでしょうか、歩くことができました。
いまはその半分も歩けないのではないかと思います。さらに認知症が進んでいます。この前まで左回りだったのが、いつの間にか右回りをするようになり、さらに前進をすることがとても難しくなりました。
脚がもつれるため、うまく回ることもできません。

老犬だからたっぷりと休憩の時間が必要とはいっても、寝てばかりいるとあっという間に足腰は萎え、認知症はどんどん進んでいくようです。
この悪循環からどうすれば逃れられるのか?
人間もまったく同じでしょう。父がそうでしたから。
自分も気をつけなくては。
組織も同じかもしれない。老化に至るまでの過程ではそれなりの時間的猶予はあるかもしれませんが、老化現象が顕著になったら、まさに危険水域。

老犬の試練

昨年11月の誕生日で我が家のクウ太郎も17歳。人の年齢とすると一体何歳になるのか?90歳代?それとも100歳前後?!
この1,2か月で足腰が急激に弱くなっていて、ほんの少し歩いただけで地面にへたばってしまう。そもそも立ち上がって足をしっかりと踏ん張ることさえもできなくなってきている。
老いる犬たちに待っている試練は、老いる人たちを待つ試練と同じだ。歯周病、認知症、嚥下、力が入らない足腰。寝たきりになってしまうと床ずれも起こる。
朝夕の食事を与えることも大ごとになってきている。ほんの1、2年前には威勢よく口にしていた食べ物も、ドライのドッグフードからいまでは消化器サポートの缶詰になり、注射器(シリンジ)を使って口の中奥にしぼりこんでやらないと身体に取り入れることもできなくなってきた。
毎週の病院通いも病を持つ老人と同じか。頻繁な薬や注射の接種が必要なのも同様だ。脱水症状が気づかないうちに進んでしまう。
父母の後は、クウ太郎が年をとることのたいへんさを教えてくれている。

3.11

10年前の今日のことを忘れた人はいないでしょう。ぼくは自分で運転するクルマで、社員ひとりといっしょに、群馬県の試験会場数か所を訪問した日でした。
地震発生時は、最後の訪問予定であった藤岡市のパソコンスクールを訪問する直前。自らハンドルを握った運転中でした。

この10年間にはたくさんのことがありました。それは僕だけではなく、世界中のすべての人にとってですが。
僕自身に関して言うならば、自分自身の「老い」を確実に理解するようになったこと、身近な存在だった大切な生命が一つ、またひとつと終了を迎えたこと。

「過去は振り返らず未来のみを見つめて」というわけにはいかないし、決してそれがいいとは思わない
。もちろん、過去の過ちやうまく行かなかったことをずっと悔んだり、恨んだりすることはしない。
ただ、過去の出来事や行ったことは、いまに至るまでその影響が続くことも多く、さらには未来へも投射されることがあることは頭に入れておくこと、その影響を測っておくことは、同じ間違いのわだちから抜け出すためにも役立つ。

わが家も液状化のために30センチほど傾きましたが、命や財産を失った方々とは比較にならないほど恵まれていたと思います。
震災の後、石巻や南相馬などをなんどが訪れました。ここ数年東北エリアから足が遠のいています。暖かい季節になったら久しぶりに北に向かってみたいと思います。

はみ出し者

『子どもができて考えた、ワクチンと命のこと』という本を読んでいます。著者はアメリカ人女性でエッセイストのユーラ・ビス。
彼女の文章を読むのは初めて。Financial Timesの記事で知った作家で、おもしろそうだったので調べたら、この本が町の図書館にありました。
この本は2018年に翻訳が出版されています。ワクチンや免疫のことを取り上げていますが、ちょっとした哲学書になっています。
コロナ禍のいま、とてもタイムリーな内容の本でもあります。

ご自身のアイデンティティに関する想いを書かれている箇所があり、以下のような記述がとても記憶に残りました。

「自分の属するところが見つからないことではなく、どこにも属していないことを説明する方法が見つからない(ことだ)。そのため、私はアリス・ウォーカーの詩にある『だれのお気に入りでもなく/はみ出し者であれ』を心に留めておくようにしてきた。私的エッセイは昔もいまも、はみ出し者たちが書いていることが多い。その伝統に照らせば、私は詩人でもメディアでもなく、エッセイストか市民思索家だといえるだろう」

ぼくも、はみ出し者のひとり。

クウ太郎と

クウ太郎と(2021年2月17日)

チェッキが大好きです。クウ太郎17歳と3か月。

『パトリックと本を読む:絶望から立ち上がるための読書会』(ミッシェル・クオ著)

kuroinu.meをほったらかしにしたまま何か月か経ってしまいました。今年も続けていきます。
昨年11月にはクウ太郎が17歳の誕生日を迎え、この1年の間ですっかり彼の老化が進みました。犬も人間も同じ。足腰が弱り、認知症が進む。
まだガンの症状がみられないことは良しとしています。
家の中はいわゆるフローリングの床になっているため、後ろ足がすべりしっかりと立つことも難しくなりました。すこし歩かせることさえも難儀になることが愛犬介護の現実。
愛犬の介護はlabor of love。
そういえば、labor of loveという言葉そのものだなと思ったのが、『パトリックと本を読む』の著者、ミッシェル・クオがパトリックと過ごした時間。
学部、ロースクール、ともにハーバードに行った台湾系アメリカ人女性が、Teach for Americaの教師として赴任したアメリカ南部(Deep South!)で知り合った黒人少年のために続けた「読書会」。
人を間違って殺めたパトリックが刑務所に入っている間、半年ほどにわたって訪問、読書会を継続していく著者がおこなったことはまさにlabor of love だと思いました。
この本を読んで、あらためてアメリカ社会の中での人種差別の課題を実感しました。黒人として生きることもそうですが、アジア系であることも決して楽ではないのだな、と。
著者のTEDでのスピーチほか、この本のプロモーション動画などがいくつかYouTubeに出ています。
ハーバードロースクールをでても、カネのために大手弁護士事務所に働くキャリアを選択しない人がいることにちょっと「救われる」気がしました。
著者はとても美しい心を持った人。一茶や芭蕉など、俳句が引用されていることも、この本を魅力的にしています。

クウ太郎、17歳の誕生日を迎えました。

今日、11月17日はクウ太郎17歳の誕生日です。老犬のお世話はたいへんだけど、それもまた楽しみの一つ。クウ太郎、ありがとう。

ひさしぶりのコンサート

今日の午後、住んでいる街にあるコンサートホールであったピアノのリサイタルに行ってきました。本当にひさしぶりのライブの演奏。大好きなムソルグスキーの「展覧会の絵」をある有名な日本人ピアニストが弾いてくれました。
もう半年以上もコンサートに行っていなかったと思います。ピアニストもコロナ禍が始まって演奏の機会がなく、ずっと自宅で練習に励んでいたというような話をしていました。
小ホールで席もほぼ満席、ステージ上のピアニスト以外はすべての人がマスク着用というありさま。両隣に人が座り、ずっと身体を動かさず、固まったような状況で音楽を聴いていました。
ピアニストもなんとなく固い感じ。演奏を再開して今日が2回目だということでした。まだ調子が上がっていないのかなとも思いましたが、「展覧会の絵」のピアノ・ソロはいつ聴いても感動します。