視覚言語から音声言語へ
posted at 2025.06.22
今日の日経新聞朝刊(日曜日だから朝刊しかないのだけど)文化ページに、東京芸大の布施英利(ふせひでと)さんが「キーボードが消える日」というエッセイを書いていた。30年ほど前に『電脳版 文章読本』という本のなかで、これからは文章は書くのではなくキーボードを打つことで文章を作っていくようになり、それに伴って思考方法も変わっていくだろうという予測をだしたということだった。
そして今度は、Apple Watchに話しかけるとそれを文章にしてくれるアプリが登場したこと、日経新聞に出した当のエッセイもキーボードを打ったのもではなくAIボイスレコーダー(Plaud Notepin)に原稿の内容を読み上げ、そのあと文字になった文章に手を入れたものだということだった。
僕自身のことでは、目で本を読むのがだんだんしんどくなってきて、ここ数年オーディオブックをたいへん重宝している。『戦争と平和』はなんどか挫折したのだけど、オーディオブックのおかげで最後までたどり着くことができた(どのくらいの理解度だったかは別にして)。
書かれた文字を追いながらの読書体験からオーディオブックで文字(文章)を聴きながらの読書体験が、自分の中では主流になりつつある。
ホメロスの『Odyssey』は、もともとは口承の物語だったし、日本の古典にもそういうものがたくさんある。作品の制作の過程でも変化が起きてくるかもしれない。