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『後藤田正晴_語り遺したいこと』(岩波ブックレット)

2005年9月に亡くなった政治家、後藤田正晴が加藤周一、国武武重(朝日新聞)を相手に行った対談。15年前の発言ですが、現在においてもなお的確であり、かつ有効な日本政治に関する批判となっている。
そのことはある意味では日本政治の進歩のなさを意味していて、たいへん残念な話でもある。

共感する後藤田正晴のメッセージ:
1 いま日本政府がやっておることは憲法の尊厳性、あるいは信頼性を失わせてしまうものではないかと思うんです。
2 (戦前と戦後の連続性が強いことに関して)要するに、日本の場合には、指導者が結果責任をとっていないということですよ。責任が明確でない。
3 本当に国の将来、未来を切り開こうと考えるのなら歴史に正対をしていくくらいの覚悟がなくて、どうなりますか。
4 本来の政治主導というのは、内閣主導であるということです。(中略)総理大臣は、外に向かっては内閣を代表するけども、閣議の中においては一国務大臣でしかない。総理が中心の内閣主導ということが「政治主導」の正しい意味だと思います。
5 もう少し自主自立のものの考え方でアジアに目を向けないと、アメリカ一辺倒ではこの国は危なくなるよ。

自公政権について、「公明党・創価学会のほうが、外へはもう絶対に出ないという姿勢でしょう」という国正の指摘に対して、「あれがまた不思議でね」という受けもいい。自民党といっしょになると(権力に近くなると)、みんな消えていく(自分らしさをなくしていく)という話はいまも変わらないことだと、おもしろく読んだ。

『アンビルトの終わり』(飯島洋一著、青土社刊)

副題に「ザハ・ハディドと新国立競技場」とあるように、アンビルトの女王を取り上げた論評ではあるのですが、シュプレマティズムから東京オリンピック2020までの1世紀あまりの時代と思想の変遷をたどった990ページにわたる大著。同年代ということもあってその筆力に感心しながら拝読。以下は、最終ページからの著者の「叫び」:

「死」に至るまで、物事を突き詰めようとする「ユートピア」も、(ザハ・ハディドが憧れた)「シュプレマティズム」も、「アンビルト」も、「ポトラッチ」も、すべてが何かを、大きく間違えている。
「大きな物語」ではなく、また決して偉大な英雄の伝記でもなく、神話でもなく、ただ個人の人間の小さな努力の積み重ねが、いま必要になっている。たとえそれが、社会変革などもたらさないとしても。
たとえば、大きな自然災害から人の身を守るためにつくられた集落がそうであったように、決してデザインの派手さではなく、まず、人の命を守る建築、人が確かに生きるための建築こそが、いま、強く求められている。少なくとも、私はそう固く信じている。そして、それをつくる人こそが、「本物の建築家」である。

この10年ほどこれまで以上に世界を支配しつつある、いわゆるGAFAなどのインターネット企業について、著者がどのような考えを持つのか、聞いてみたいと思いました。

自転車でコロナに負けない

ロードバイク(フェルト) 2020年6月17日朝6時
この2ヶ月ほど、活動量が激減しています。会社には毎日出ていますが、社外のお客さんとはほとんど面談することもなく、増えたのはZoomやTeamsを使ったオンライン会議や講演会などの視聴ではないかと思います。
お気に入りのプールも閉まっていたりするので、最近は自転車に乗っています。ブロンプトンという折りたたみ式の自転車(ママチャリっぽい)に乗っていたのですが、とうとうロードバイクを再開しました。この自転車はずっと会社に「飾っておいた」もので、乗るのは10年ぶりなのではないかと思います。早朝のロードバイクで少しでも身体を鍛えておきたいです。

『野の鳥は野に_評伝・中西悟堂』(小林照幸著)

「日本野鳥の会」をつくった中西悟堂の評伝。仏教徒としての修行を行い、文章を書き、歌を歌い、そして鳥たちを愛した人生。
自然を人間と対立するものではなく、また征服するものでもなく、「自然を保護することは人間を保護することだ」と考えた。
冬でもパンツひとつで歩き回ったというようなこともあったようで、そんな変わったところも興味深く読むことができた。
野鳥の会も運営をめぐって、年老いた中西と若い世代の人たちの間では考えの違いがあったようだけど、公益法人の「経営」「運営」は株式会社とは異なる難しさがあるのはとても理解できる。
現在の野鳥の会はどのような課題を抱えているのか?
この本はずっと前に買っておいたのに「積読」のままだった。数年前に、野鳥の会の終身会員になったこともあり、なにか貢献できることがあると良いなとも思っている。

激動の3か月

この3か月ほど大きな変化を感じたことはめったにないと思う。3月16日の週に起こった世界的な株価の下落、その後につづく株価の回復(一時的?!)。
レストランはみんなアップアップ。飛行機は飛ばず、事実上国境封鎖が行われ、新幹線はガラガラ。スポーツジム閉鎖、テレワーク(当社でも7、8割の社員は会社に出てこない)、マスクやアルコール消毒液のバブル発生と最近目立つバブルの破裂。
お世話になっているプールが4月から閉鎖になり運動不足気味。みんなマスク。
この短い時間の間に起こってきた社会的、経済的な変化は半端じゃないよ!
さあ、明日から6月。これからの3か月はどうなることやら?変化を楽しみつつ、コロナとスマートに共生していく方法を見つけなくては!

コロナの時代の「新しい稼ぎ方」が必要。

うちの会社もテレワークにはいって2か月近くになろうとしています。当社のビジネスはITなどのスキルを対象としているものですが、基本的な性格は一言でいうとサービス業。接客は伴わないけども、試験会場で受験者をお迎えして試験を受けていただくということを仕事とするサービス業なのです。
すべての社員が在宅で仕事ができるわけではなく、どうしても一部の社員は会社に出てくる必要がある(ハンコをおすためではないですよ、念のために)のです。ぼく自身は自動車通勤をしているので、毎日会社にはでています。

政府や経済団体などは、コロナの緊急事態宣言が解消されたとしても、「新しい生活の仕方」を始めましょうと喧伝しています。われわれに対する提案であり、お願いということでしょうか。
ここ数年「働き方改革」という言葉が世の中に舞っていました。コロナが加わったことで、ハンコをやめようとか、テレワークをしようとか、いろいろなことが言われています。コロナが後押しする「働き方改革」の第二弾が始まったとような印象です。
でもどうも違和感を感じています。働き方や仕事の仕方は、政府に言われて変えようなんて気にはなりません。(へそ曲がり!)
自分たちでその必要性を感じて、それが肚落ちして変えることはあり。いや常に環境の変化にさきさき対応しながら変えていくのは当然。
テレワークは結構なのですが、いま日本で必要なのは、「新しい働き方」ではなく、コロナ時代に対応した「新しい稼ぎ方」のはず。「新しい働き方」がハンコをなくそうとか、5割くらいはテレワークしようとか、そういうような例で始まって終わるんだとしたら、相変わらず「掛け声とやってるふりの、タマシイなき日本だね」という気がするのです。
もちろん、社員が満員電車でコロナに感染する危険性を減らすために、テレワークと時差出勤の組み合わせはある程度必要かと考えています。
でも、稼いでなんぼ。売上を心配しなくていい公務員の方たちとは、われわれは違う立場にあります。
テレワークの目の前の目的は感染リスクを減らすことでしょうが、それだけで終わってしまっては、ますます日本は稼げない企業であふれかえることでしょう。
「新しい稼ぎ方」につながらないテレワークは長く続かないように思います。

映画漬けの週末

この週末は録画していた映画を見ています。大林宣彦監督の『時をかける少女』。原田知世を世にだした映画。いまは歌手としての原田知世が好き。もう100%大林宣彦の世界!
二つ目はクロード・ルルーシュ監督の1981年公開の映画『愛と哀しみのボレロ』。大学生のころ映画館で観たような気もするけどはっきりしていないので、観ていないのかもしれない。この映画は1930年代から1980年代までの50年にわたる人間ドラマを描いた大河作品で、クロード・ルルーシュの「戦争と平和」だ。
3時間近くの長編で登場する人物たちも多数にわたるので見る側にも忍耐力と体力が必要なんだけど、もう一度観てみたい。
そして三つ目が『ドラゴン危機一髪』。ブルース・リーのデビュー作品。このころの香港映画の手作り感がなんとも言えない。

コロナのおかげでこれまで以上に家の中に閉じこもり、「不要不急」の外出はしないようにしている。
結果、録画したまま見ていなかった映画を見たり、積読になっていた長編小説を読んだり。コロナがもたらした(いや、「強いている」といった方がいい)数少ないプラス面か。

「コロナの時代の愛」

今年のはじめの頃のことを思い出すと、なんと気楽な時間だったことよと思ってしまいます。会社で溜まっている新聞の記事を読んでいても、1月、2月くらいまではまだコロナ感染症は対岸の火事のような感じがしますが、この1ヶ月ほどで一気にこちら側に飛んできました。ただ、1月あるいは2月の段階でもうすでにかなりの数の感染者が出ていたはずです。中国からのインバウンド客、海外旅行から帰ってきた日本人。彼らが持ち込んできたコロナウィルスを、多数の日本人が感染していたと想像できます。安倍政権、オリンピック開催へのこだわり、インバウンド客の落としてくれるお金に目が眩みましたね。
オデッセイコミュニケーションズ でも今週から本格的に在宅勤務を始めています。すべての社員というわけにはいかないのですが、半数以上は在宅に入っています。
1月にロンドンに行き、3月はアメリカとシンガポール、そして5月には初めてのイスラエルを予定していたのですが、すべてキャンセルとなりました。海外だけではありません。国内の移動も控えています。国内のお客さん訪問もしばらく中止。毎月移動することに身体が慣れてしまったぼくにとって、これだけ移動しないことはしばらくぶりのように思います。
仕事はもちろん継続して行きますが、こういう時こそ、じっくり読書にはまりたいです。いま「戦争と平和」を読んでいます。このあと読みたい長編小説のリストには、プルーストがあります。大学生の頃からずっと挫折して積読になっているプルーストさん。
あ、でもその前に、マルケスさんもいます。「コロナの時代の愛」いやいや「コレラの時代の愛」Love in the Time of Cholera.
最後になりますが、この前からFacebookを始めました。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100044821090473

『国会議員基礎テスト』(黒野伸一著)

先週、九州出張に出かける際、羽田空港の売店で見かけて買った本。国会議員にも検定試験をという帯にひかれて買いました。
実はあまり期待していなかったのですが九州滞在中に読み終えてしまいました。政治の裏側、特に選挙の実態を垣間見ることができたことと、心温まるストーリー展開が魅力。
こういう小説は、かつてなら「中間小説」というカテゴリーに入るのではないかと思います。スピード感をもって読み進むことができました。
この作者の名前は初めてでしたが、おもしろかったので、『あさ美さんの家さがし』という別の小説も(これは図書館で借りて)読んだのですが、これも同じように心温まるストーリー展開で、作者の狙っているところがなんとなくわかった気がしました。

どちらもテレビドラマにするとおもしろい番組になるのではないかと思います。
最後に。「国会議員に検定試験を」という案、だれかマジで進めてもらえないだろうか?

9年目の3・11

2011年3月11日から9年がたった。東日本を襲った大地震と津波は我が家にも大きな影響を与えた。液状化で家が20センチ以上も傾き、水道や電気、ガスが使えない日が一か月以上もあったわけで、日常生活は不便さでしばらくたいへんだった。一番こまったのはトイレが使えないこと。みなさん、トイレをバカにしてはいけない!
震災後、なんどか被災地を訪問したりもし、目にした風景には驚きもした。最後に被災地を訪れたのは3年前の春だっただろうか。東北の春の頃にはまた福島、宮城、岩手に行ってみたい。岩手には大好きな阿部正三郎さんもいらっしゃるし。

アダム・スミスがいま生きていたら

3月7日の朝日新聞の書評コーナーで、『スミス・マルクス・ケインズ』という本が紹介されていた。3人の経済学者を主役にすえた人物論ということ。
著者のスミス理解は、小さな政府、自由放任を唱えたスミスとは正反対で、「スミスは現代に生きていればおそらく社会民主主義者になっていただろう」というものらしい。競争と自由市場の擁護は、国家と結託した特権階級を理論的に打ち砕くためだった、とか。
主義主張、理論も歴史的な文脈、提唱された時代背景を抜きにとしては理解できないし、理解するべきではないとも言える。
この本の著者はウルリケ・ヘルマンというドイツのジャーナリスト。まちの図書館に彼女の別の著書『資本の世界史』があるようなので、まずこの本を読んでみようと思っている。

ことほぐ(寿ぐ)

「寿ぐ」とかいて、「ことほ・ぐ」と読む、とか。父の名前は寿なのでこの漢字には特別なものを感じる。
古代の日本では、祝いの言葉を述べることを「ことほぐ(言祝ぐ)」といい、「寿詞」「寿賀」に相当するため、「ことほぐ(言祝ぐ)」を「寿」の訓としたと聞く。
日本中、コロナ、コロナで、ことほぐというタイミングではないけど、早く気持ちよくことほぐという言葉がふさわしい時がくるのを待っている。

『食事のせいで、死なないために(病気別編)』(マイケル・グレガー著)

肝臓治療を専門にするある先生のツイッターで推薦されていた、科学的調査に基づいた書籍。この本からあらためて食事の重要性を再認識した。
1 食こそ医の原点であり基本である。
2 にも関わらず、アメリカの医学部でも栄養学にあてられる授業数は非常に限られている。
3 なぜそうなるのか?栄養学では医者にとってはカネにならないから。治療を行い、薬を処方することでカネになる。
4 緑黄色の野菜、果物を中心とする食事に変えていくこと。
5 肉(特に加工肉)はよろしくない。魚も調理の仕方によってはよろしくない。
6 政府が発表する報告書等は必ずしもあてにならない。なぜか?業界団体の政治的圧力に屈するから。
7 人間の死因の多くが生活習慣病になった今の時代、なにを口に入れるのかこそ、もっとも重要な健康イッシュー。

父や母が自らの身体をもって示していくれたことのひとつは死へのプロセスは長年にわたって静かに進んでいくこと。そのなかで重要なカギを握るのが食事、運動、そして人とのコミュニケーション。

2020年2月22日

2020年2月2日につづいて、0と2のふたつの数字で表することができる日。残念ながら0と2の組み合わせの日付は今年はこれで終わり。
次は2022年2月2日と、2022年2月22日。

変化の時

気になる記事を見つけた。昨日、新聞に出ていた女性週刊誌の広告にあった見出し。人間の身体は平均34歳、60歳、78歳前後に老化が一気に進んでいくという話。
記事のもとはスタンフォードの研究チームが発表した研究成果に基づいているとか。
ネットで調べてみると、ニュースウィーク日本語版に以下のような記事がでていた。

「ヒトの老化は、34歳、60歳、78歳で急激に進むことがわかった」

昨年12月で60歳になったぼくとしては関心を持たざるを得ない記事!
だからといって急に何をするわけでもないのだけど、睡眠、食事、運動。この3つに注意をしていくだけ。

大学入試制度をめぐるインタビュー記事

数日前、朝日新聞に教育分野のインタビュー記事として、「英語民間試験見直し」の結果、「すでにある教育格差がさらに広がる恐れ」があるという意見が出ていた。意見の持ち主は現在大学で教え、教育行政にも参加されてきた「識者」。
限られた文字数のインタビュー記事なので、どういう理由でそうなるのか、詳しい説明はなかったが、この記事を読んでいても原因と結果のつながりがよくわならなかった。「今のままでは、学力があるトップ20%の層と、残り80%の層の知的分断がさらに深まるでしょう」という。
大いに同意した意見は、「高校、大学、民間試験の実施団体などとしっかり意見交換してこなかった文部科学省の責任が大きい」「彼らこそ、コミュニケーション能力が不足していた」。
教育をめぐる議論は本当に難しい。経済人も、キャリアの最後にはみんな教育評論家になるような印象。みんな一言、言いたいのが教育問題。
社会の分断、家族や人間関係が複雑になったり、バラバラになったりして、問題の原因を突き詰めていくことそのものが難しい。英語の民間試験を採用しなかったことと、教育格差が広がっていくことがどう関係するのか、じっくりとこの識者の考えを聴いてみたいと思った。

2020年2月2日

今日は数字であらわすと、0と2だけになる。それだけでもちょっと特別な日だなと思ってしまう。
日の出の時刻がすこしずつ早くなってきている。週末は、ふだんよりもすこしだけクウ太郎との散歩の時間を遅くすることができるのだけど、その時の外の暗さ加減もすこしずつ軽くなってきているように思う。
冬も決して嫌いじゃないけども、春が近づいてくるのもいい。心がなんとなく軽くなってくるから。春になったら行きたいところがいくつかあるし。そんなことを考えながら、冬の終わりに向かって時間が過ぎていくのも悪くない。

2020年初めて

2020年が始まりもう18日になりましたね。最後にこのブログをチェックしてから一か月近くになろうとしています。
昨年は身内のことでたいへんなことがあり、自分も老いていくことをとても感じた1年でした。愛犬のクウ太郎君も16歳。自分自身60の大台に上り、これからの時間を丁寧に使っていきたいです。

先週末用事があって京都に行きました。到着日は仕事でしたが、翌日は東京に帰るまで自由になる時間があったので妙心寺という臨済宗のお寺に行ってきました。今年は臨済禅を勉強し、毎日の生活の中で少しずつですが実践もしていきます。
若いころから、人生を20年ごとに区切って考えていました。人生最後の20年に入り、これからはモノや人間関係を絞っていき、心身ともに身軽になっていきたいです。

近況報告

60歳

シニア入りした証拠写真もアップしちゃいます。
あまり写真とか出したくはないのですが、ときどき知人、友人たちがブログを見てくれているようなので。
今週、お取引先の方が誕生日祝いにランチに誘ってくださったときの写真。アンチエイジングに励まなくてと思いますが、特別のことができていません。
早寝早起きくらいかな。もうすこし運動(水泳!)をしたいと思います。

「シニア」の仲間入り

経団連から送られてきた「月刊経済広報」という小冊子に目を通していたら、

「シニア」は60歳以上、「老人」「高齢者」は70歳以上をイメージ

という見出しが目に入ってきました。高齢期の暮らしに関するアンケート調査の結果だそうです。
ついにクロイヌもシニアの仲間入りをしたということ。これが現実! いくら見たくないと思っても。
我が家のクウ太郎は犬年齢で16歳ですから、もう堂々たる「高齢者」「老犬」です。

還暦ということだそうで。

今月60歳になりました。世でいう「還暦」ということだとか。
生まれたときと同じ暦に還る(赤ちゃんに還る)という意味で「還暦」と呼ぶそうですが、人生80年、20年ごとにステージが展開すると想定しておくと、ついに自分の人生も最終ステージに入ったと考えています。
でも必ず80歳まで生きられるかどうかはわからず、いつどうなるかわかならないことを肝に銘じて、一日一日を丁寧に生きていきたいです。
これまでお付き合いいただいた知人、友人、仕事でお世話になってきたお取引先のみなさんに感謝です。
そして父、母にも。

16歳のおじいちゃん

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愛犬クウ太郎が今週16歳の誕生日を迎えました。これまでさんざん苦労をかけてくれてありがとう!君のおかげで手に傷は受けるし、早朝の脱走劇で警察のお世話になるし、毎月の動物病院通いで時間とお金はかかるし、まあ、手のかかるワンコ。
君がいるから毎朝の散歩もあるわけで、すこしは僕の健康管理にも貢献してくれているかな。でも、家のなかでのウンチとおしっこはほどほどにしてくれよな。
君の仕事はこれからも長生きすること。それが一番重要な君の仕事だからね。

残り2ヶ月

2019年も11月に入り、残り2ヶ月弱。
そして来月の誕生日でボクも60歳の大台に乗ってしまいます。ああ、イヤだ、嫌だ!
自分のこともそうなんだけど、もっと気になっているのは、我が家のクウ太郎君。今月迎える誕生日で彼も16歳。人の年齢で言うともう80歳は越えているのではないかと思います。
この1年ほどでめっきり弱くなったのが足腰。家の階段を上がることができなくなってきて、特に「下り」がだめ。足の踏ん張りが効かず、どどどーと、転げ落ちてしまいそうになるため、抱き抱えて降りて行きます。

2015年8月16歳と半年で亡くなったカイ(♀甲斐犬)はボクが海外出張から帰ってくるのを待つかのように、帰国した翌日に月へと旅立って行ったのですが、カイが最後に見せてくれたのは命あるものすべてがたどる老化から旅立ちへの過程。今、同じようにクウ太郎(♂甲斐犬)が、老いていくことはどういうことかを、日々の生活の中で教えてくれていて、これまで以上にクウ太郎への気持ちが強くなっていくのを感じます。散歩に出かけ、無事ウンチをしてくれると、ほっとするなんてことも。老犬の介護はたいへん!

今年に入って、オーディオブックを聴く時間が増えています。
昨年、英語のオーディオブックのAudibleの会員になって以来、毎月英語の本のオーディオブックを一冊聴くようにしていますが、半年前からは日本語のオーディオブックを展開している、オトバンクのAudiobook.jpでもいろいろな本の朗読を購入しています。この1、2ヶ月で、『日本の思想』(丸山眞男)、『リークワンユー、世界を語る』、『知的生産の技術』(梅棹忠夫)、『夜と霧』(ヴィクトール・フランクル)、『ローソクの科学』(ファラデー)、『戦争と平和第一巻』(トルストイ)などなど。ボクは今のベストセラーよりも、古典的な本の方が好きなので、購入するのは岩波系の本が多くなってしまいますが、書店で平積みなっているような本もオーディオブックになっているので、audiobook.jpで、チェックしてみてください。
オトバンクの創業者の上田君には、かつて、「アイデア・エクスチェンジ」にも出てもらったことがありますし、今週も一緒にランチをしたりしていて、応援しています。

今年も残り2ヶ月。クウ太郎と一緒にがんばります。

ラグビー、台風、そしてクルド

昨晩の日本とスコットランドのラグビーの試合にはちょっと興奮してしまった。南アフリカ出身でラグビーのファンであるアメリカ在住の知人からはお祝いのメールが来たし、ロンドンに住んでいるイギリス人の知人からもメール。
世界中のラグビーファンが昨晩の日本の勝利に感心したのかな。
でも一方では、台風で50名を超える人たちが亡くなり、家をなくしたり、家財を失った人たちも多数でている。日本代表が決勝トーナメントに進むことになったことを喜んでばかりはいられない。
日本から遠い国では他国からの攻撃を受けている人たちがいる。シリア北部へトルコが空爆を行い、クルド人たちが多数殺されている。トルコがこの攻撃を始めた背景には、トランプがシリアから米兵を撤退させることを決め、ISを撲滅するためにいっしょに戦ってきたクルド人たちを見捨てたことがあるということだ。刑務所に入れられていたISの兵士たちはこれを機に脱走し、さらにはクルド人たちを襲撃し始めているともいう。ツイッターで人権活動を行っていたクルド人女性がISたちに虐殺された写真が出ている。
いったいアメリカはどうなっているんだ。かつてアメリカに見捨てられた中東の国の政治家の息子が東京に来たとき、「アメリカは頼りにならない、信頼しないほうがいい」と言っていたことを思い出す。日本の政治家や官僚が心の底ではアメリカを信用しきっていないことを祈るばかりだ。

「ビル・ゲイツの頭の中」

新聞か雑誌か、どこでその記事を読んだのか忘れましたが、ネットフリックス(Netflix)が制作した「Inside Bill's Brain」(ビルの頭の中)という、ビル・ゲイツのドキュメンタリー番組がおもしろいという記事を読み、その番組が見たいのでNetflixに登録してみました。最初の一か月は無料でそのあと、正会員になるかどうか、決めることができます。
Netflixは以前から知っていましたし、かれらが制作した映画『Roma』(アカデミー賞受賞)は、特別に映画館で上映されていた時、作品を観てとても印象に残っています。
今回、ネットで申し込みをし、とてもスムーズな登録プロセスに感心しました。
さて肝心のビル・ゲイツに関するドキュメンタリーですが、ゲイツとの長時間にわたるインタビューに加えて、彼の幼少期、マイクロソフトの歴史を丁寧に紹介するもので、ビル・ゲイツがゲイツ財団を通して、なにを成し遂げようとしているのか、よくわかる内容でした。
ぼくはこの番組を見るためにNetflixに登録しましたが、その価値はあったなと思っています。一か月後、正会員になるかどうか、それまでにこれ以外のコンテンツものぞいてみようと思います。
先月、Malcom Gladwellの「Outliers」をオーディオブックで「読んだ」のですが、ビル・ゲイツはこの本の中でも取り上げられています。特に、彼が13歳から18歳になるまでの数年間の間に、Lakeside という私立学校で、その当時大学生や社会人たちでも好きなだけコンピューターを使うことができなかった時代、いかに彼が有利な利用環境に恵まれていたのか、それが著者がいう「一万時間」という「訓練期間」を達成する「雌伏」期間になったのか。
「ビル・ゲイツの頭の中」と「Outliers」をまとめてみると、いかにビル・ゲイツが努力の人なのか、とてもよくわかります。