Categories

Archives

一覧を見る

3度目の胃カメラ

1度目は25年ほど前、2度目は2年前、そして今日で3度目の胃カメラ。2年前、ピロリ菌退治をしたこともあり、まあまあの状態になっていました。(と、先生に言われました)
社員の人たちにも、レントゲンではなく、胃カメラを薦めています。

胃カメラ

東京新聞に甲斐犬登場!

甲斐犬(2018年1月7日東京新聞)
これは2018年1月7日日曜版の「日本のイヌ」特集から
甲斐犬の子犬の可愛いこと!シュタイフの人形みたい。いつかシュタイフにお願いして特別に甲斐犬のぬいぐるみをリクエストしたい!

IMG_0010.JPG
これは2018年1月9日2面総合ページから。甲斐犬と改憲?水と油!

宿毛湾

湾先週末、母に会いに高知に帰省。泊まった宿の部屋からはこんな景色が見られます。三陸地方や伊勢志摩と同じように湾はリアス式。沖合には、沖ノ島という離島があります。まだ一度も行ったことがありませんので、春になれば行ってみようと思います。日本の地方はどこもきれい。地方の自然は変わることなく季節を繰り返していくけど、人の世界は老いていくばかり。今日はオフィスに高知放送の東京支社の人たちが新年の挨拶に来てくれました。この一年で高知との関わりが急激に増えました。

新年おめでとうございます。

新しい年になりました。
元旦は見晴らしのいいところに登って初日の出を拝みました。
「陽はまた昇る」といいますが、確かに太陽は力強く登っていくものだなあと思いました。昨年末から作家・山崎豊子さんの作品に熱中しています。「不毛地帯」に続いて、「沈まぬ太陽」を読んでいます。「不毛地帯」同様、文庫本で全5巻の長さですが、とても読みやすく、エンターテイメント性も高い小説なので、愉しみながら読むことができます。
「沈まぬ太陽」もいいのですが、個人も会社も、もっといえば国だって「浮き沈み」はあるもので、大切なことは一度沈んだとしても、そのまま沈没してしまわないことではないかと思います。そういう意味では、「陽はまた昇る」というタイトルの方が好き。
日が昇り始める前から外の景色は暗闇からかなり明るくなっています。東の山際にちょこっと頭を出してきた太陽は力強く昇り、全身を見せてくれます。その間、ほんの数分でした。
クルマで例えると、しっかりしたトルクを持ち、急な坂道を着実に登っていくような力強さを感じさせてくれました。
2018年もきっと色々なことがあると思います。これまでだってそうだったように。たとえ沈んだとしても再び登っていく強さは持っていたいなと思った初日の出でした。
2018年初日の出

忠犬たちの像

12月25日の朝日新聞夕刊一面に、犬ファンには嬉しい記事が出ていました。全国各地にある犬の像の紹介。この記事に出ている像の写真で実際に見たことがあるのは、3体。
「おかげ犬」(三重県伊勢市)、甲斐犬(東京都千代田区)、そして羽犬(福岡県筑後市)。僕が大好きな「甲斐犬」は麹町にあってもう長年親しんでいる像。山梨出身のビルオーナーが東京に出てきてからの成功に関して故郷から一緒にきた甲斐犬に感謝の気持ちを表したもの。「おかげ犬」の像はこの前初めて伊勢神宮に行った時に見たもので、作者はせんとくんで有名な籔内佐斗司。
この記事によると「全国の犬像をめぐる-忠犬物語45話」という本も出ているようですので、これは早速買ってみます。

犬の像(朝日新聞記事)

クウ太郎の脱走事件

今年は例年以上に多くのことが起きたいへんな一年だったのに、年末にあわや大事故!ということが起き、今週はヒヤヒヤしてしまいました。
早朝の散歩の後、まだ暗い中、黒毛のクウ太郎くんが忽然と家から消えてしまった。後になって考えてみると、家人がゴミ出しのために玄関を開け、家の門を出た時にスルリとクウ太郎くんは脱走したに違いないのですが、日の出前の暗さの中、黒毛のクウ太郎に気づかなかったとしか、考えられません。

警察や動物保護センターに連絡、ただどうしても出席しないといけないセミナーがあったので8時には出勤。
9時半くらいに警察から「それらしい犬が〇〇3丁目あたりにいるそうなので来てください」と連絡があり、セミナーを途中退席して現場に駆けつけたのが10時10分前後。現場に着くと、クウ太郎が二人の警官に「見張られ」ながら、神妙な顔つきでポツンとお座りをしていました。連絡を受けてからの30分ほど、ずっとその状況にあったのかどうか、こちらも動転しているので聞き忘れてしまいましたが、警察の人たちの話では、捕獲しようとすると脅かすように唸るということで、ずっと見張っていたということでした。
クルマに積んでおいたケージをおろし、クウ太郎の名前を呼びながら近づいていくと、静かに自分からケージの中に入っていきました。
クウ太郎が見つかった場所は家から約1キロほど離れた場所で、トラックも行き来する大きな道のそばだったので、事故にならなくて本当にラッキーでした。
この脱走事件の日は一日中なんとなく静かだったのですが、翌日からはいつものように騒ぎまわる「ワガママ犬」に返っています。
クウ太郎は今年11月の誕生日で14歳。犬としては完全にシニア犬なのですが、身体だけは元気いっぱい。ただ、今回、自分では家に帰ることができなかったのは、方向感覚がなくなってしまっているのか、ある種の「認知症」になっているのかも。
どちらにしろ、大事にならなくて、神様仏様、ありがとうございます。蛇足ですが今日は助けてもらったお巡りさんにお礼に行きました。
クウ太郎


クリスマスパーティ

先週金曜日には、恒例のクリスマスパーティ。丸の内の某イタリアレストランを借り切って行いました。社員を対象としたイベントは年に一度なのでちょっとだけ贅沢をして行なっています。(お取引先を招いてのイベントは頻繁に行なっていますが)みなさん、ごくろうさまでした。とはいえ、来週も、再来週も、28日までは営業しています。

初めての伊勢参り

先日、初めての伊勢参りを体験しました。週末だったこともあり、人出の多さに驚きました。噂に聞いていたおかげ横丁と赤福の存在にも感心。
東京からの移動時間を考えると、これが最初で最期のお伊勢参りになるかもしれませんが、これで出雲大社についで伊勢神宮(外宮、内宮)も拝観することができました。別の意味で感心したのは、明治神宮の大きさです。明治神宮が東京のど真ん中にあり、あれだけの大きさと存在感があることに、ゼロから明治神宮の杜を作った当時の政府の明治天皇への崇拝の深さと大きさに感心します。

石先生、頑張って!

NHKラジオの番組で、末期のすい臓がんを宣告されている石先生(一橋大学名誉教授)がどのような姿勢と考えでがんに向かってきたのかをお話されていて、聴き入ってしまった。石先生は僕が一橋大学の学生だった頃(1980年代前半)から、経済学部の看板教授のお一人で、法学部だった僕は先生の授業を取る事はなかったけど、在学中にも、明るくてお元気なお声をお聞きした事はあった。
先生のお話で感心したことは三つ。79歳で末期がんを宣告されて、もちろん、ショックだったけども、もう現役に帰ることもなく、やるべき事はやりきったと思っていた。二つ目は、それまでに体を鍛えていたので体力の「貯金」があったことで、抗がん剤とどうにか付き合ってこられたこと。そして三つ目は、がんを宣告されても家に閉じこもっているのではなく、外に出て、体を動かし、人との付き合いも続けているということ。

長生きすることができたなら、多くの人は、がんになったり、認知症になったりするわけで、もし僕自身も幸運にこれからあと20年、30年と長く生きることができたとすると、きっとがんや認知症、もしかしたらその両方(!)になるかもしれないわけで、今からでも準備(特に体力的な「貯金」!)を行っていきたいし、やりたいこと、やるべきことは、全て行ったという「達成感」を得られるような生き方を目指していかないといけない。

さっき、 NHKラジオから流れてくる石先生の声は現役の頃のお声同様に、明るく弾んでいる声だった。石先生、頑張ってください。

Hotel California

今日の鷲田先生の「折々のことば」(朝日新聞朝刊)で紹介してされていたHotel Californiaの歌詞に引っ掛けた黒田ノミックスの揶揄はどんぴしゃりだ。

You can check out any time you like
But you can never leave.

チェックアウトする気があるなら、いつだって、いいよ。
でも、お前はそんなことできっこないだろう。

この頃、黒田さんの発言に変化が見られるという話だから、これまではその気もないと思われていたけど、チェックアウトする気があることをほのめかし始めたということかな?
でも、本当にHotel Californiaから出ていくことができるのか?

『消えたヤルタ密約緊急電』(岡部伸著)

この前から『不毛地帯』(山崎豊子著)を読みはじめています。新潮文庫で全5巻の長編ですが、著者の取材力と構想力、週刊誌に連載されていた読みやすさもあり、読み進めています。『不毛地帯』は、この物語のモデルになったと言われている瀬島龍三に関心があって読んでいるのですが、その瀬島が影の主人公の一人になっている話が産経新聞の記者である岡部さんが書かれたノンフィクションが『消えたヤルタ密約緊急電』。

副題(「情報士官・小野寺誠の孤独な戦い」)にあるように、情報士官だった小野寺信が掴んだヤルタ密約に関する情報を、時の権力の中枢にあった大本営参謀部本部作戦課(その中心人物が瀬島龍三)が握りつぶしたという話。希望的観測に基づいて自分に都合の悪い情報は聞かないで済まそうとするエリート達の多いことか。

また、著者の以下のような指摘は、現在には当てはまらないのだろうか?
「それにしても、強硬派の軍人を抑えて終戦を実現させた宰相として評価が高い鈴木首相だが、ソ連と指導者スターリンに対する甘い認識には驚愕するばかりだ。国家の指導者が、強国ソ連にすがって終戦の端緒をつかもうとして、「スターリンは西郷隆盛に似たところがあり、悪くはしないような感じがする」と見当違いの幻想を抱いていたとしたら、これほど悲しく滑稽感の漂う着想はないだろう。独ソ不可侵条約が締結され、「欧州情勢は複雑怪奇なり」と内閣総辞職した平沼騏一郎以来、日本の指導者の国際感覚の欠如は、目を覆うばかりである」(402ページ)
またこんな指摘もある。
「早くから戦後を見据えて領土拡張と共産主義のアジアへの浸透の戦略を立てていたソ連の強かさに比べ、客観情勢を無視してご都合主義で暴走した日本外交がいかに視野狭窄であったか」(426ページ) 恥も外聞も無いスタンスでトランプにのめり込む今の政権は視野狭窄になっていないのだろうか?

著者のあとがきによると、勤務先の産経新聞から出版しようと申し入れたのだけど、具体化せず、結局新潮選書として出すことになったとあります。著者は、不都合な事実は握りつぶした参謀本部の動きは、今の時代の原発村の権力者たちの行動にも見られるという指摘をしています。そんな指摘が権力者に近い産経新聞のトップの人たちには受け入れ難かったのだとすると、産経新聞も同じ穴のなんとかということになり、残念な話だと思いました。

5年ぶりのハーバード・ビジネススクール

今年は家族に不幸があったこともあり、この半年ほど海外には出かけることはありませんでした。
久しぶりの海外、久しぶりのアメリカはボストンでした。ビジネススクール卒業30周年のリユニオンに参加するため、10月12日から15日までボストンに行きました。
前回25周年のリユニオンであった同級生もいれば、卒業後30年ぶりに初めて再会した同級生も。
ビジネススクールに行くことができたことにはとても感謝しています。チャンスを与えてくれた関係者の方々、応援してくれた友人や当時の勤め先の皆さん、喜んでくれた父や母。
卒業35周年、40周年、45周年、そして50周年にも来られるように、健康を維持しながら仕事や生きることに励んで行きたいです。

HBS卒業30周年リユニオン


ポール・ストゥーキーの名曲

ピーター・ポール&マリーのポール・ストゥーキーがピーターのために作った There Is Love という歌があります。30年前に知って以来、大好きな歌の一つになっています。久しぶりにYou Tubeで繰り返し聴いたのですが、いつ聴いても感動します。ライブオリジナル録音の二つがアップされていて、どちらも素晴らしい。
ポールは、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんのために、Song for Megumi という歌も作っています。

チベットへの想い

社会人類学の中根千枝先生のインタビュー記事が面白かった(朝日新聞朝刊で9回にわたって連載された)。最終回では以下のようなお話が。
「標高3千メートルもあって、気候も厳しい。よくここで人間が生き、文明が生み出されたものだ、と感じました。チベットは弱い人をかばう社会でした。人口を維持することが難しい環境だからでしょう。日本はその点、放っておいても人口が増えたから、弱いものをいじめるわね。」
このインタビュー記事では幾度となく先生が若い学究生だった頃からのチベットへの熱い想いが語られていて、その情熱に感心した。2年前、88歳の時には、いいアイデアが浮かんで十時間ぶっ通しで論文を書き、首を痛めた、というお話もあった。「論文が書けなくなったら終わり」だとも。
日本は今人口減少社会になり、将来への悲観的な見方ばかりだけど、先生がおっしゃる通り、もっと人を大切にする社会になるのであれば、決して悪いことではないとも思う。今であればいわゆるブラック企業だし、かつては戦争で兵隊たちの命がどれだけ粗末に扱われることがあったのかということだし、一部に言われるほど日本は人を大切にしてきた国家だとは思わない。
ただ、一つ付け加えるとすれば、チベットのように中国に支配される国に、日本がなることは望まない。それこそ、人が溢れるほどいて、人の権利を大切にしているとは到底見えない国に支配されたあかつきには、これまで以上に日本人が大切にされるとは想像できないからね。

映画「おクジラさま」(ふたつの正義の物語)

オデッセイコミュニケーションズは、映画「おクジラさま」(ふたつの正義の物語)のクラウドファンディングに参加しています。
先週土曜日から渋谷ユーロスペースでの上映が始まっています。ぼくはまだ映画館に足を運んでいませんが、必ず行きます。
映画公式サイト

北杜夫現代語訳「竹取物語」

21世紀版少年少女古典文学館シリーズの第二巻。少年少女とありますが、大人にとっても十分読み応えのある日本語です。
久しぶりに竹取物語を読みましたが、おもしろいお話であったことを再認識しました。地位や財力はあっても誠実さのない求婚者たち。

愛する人との別れの辛さがこの物語のテーマの一つでもあります。物語の中だけであっても愛する人との別れに心を揺さぶられました。

このシリーズ第二巻に収められたもう一つの物語は、俵万智現代語訳による「伊勢物語」。先日、俵万智の「恋する伊勢物語」(ちくま文庫)を読んだのがきっかけで、彼女の現代語訳による「伊勢物語」を読んでみたいと思ったのですが、北杜夫の「竹取物語」もとても良かったです。

「音楽入門」(伊福部 昭 著)

ゴジラ映画で使われた音楽で有名な音楽家。彼の「土着的」な音楽が好きで、2、3枚のCDを持っていますし、数年前NHKホールであったゴジラ音楽の演奏会にも行きました。
この前車の中で「はげ山の一夜」を聴いていて、伊福部昭を思い出したのですが、この本の中で著者はムソルグスキーに以下のような言葉で高い評価を与えています。

「ムソルグスキーは単にこのような民族的な思考を満足させたのみでなく、音楽に関する本質的な思考および技術を開拓し、ロマン主義の音楽を、近代音楽の方向に転換せしめたのです。すなわち、彼によってはじめて、私たちのいう音楽における近代意識といわれるものが生まれるのです」(112ページ)

まさに絶賛!ムソルグスキー・ファンのぼくにはうれしい評価。

「芸術が最後に万国的になるためには、最初地方的でなくてはならぬ」(ムーア)という趣旨のメッセージがこの本には何度かでてくるのですが、ロシア的作曲家といわれたムソルグスキー、北海道の土着性を体現したといわれた伊福部、その二人に当てはまる言葉かと思いました。

無責任体質はいまも変わらない。

久しぶりにテレビを見た。「戦慄のインパール」(NHK)。自信がないくせに威勢のいいことを言って兵隊たちを鼓舞し、彼らを死ぬことが確実な戦い方に追い込み、自分は生き抜いた将校たちの多いこと。特攻隊の前にもうすでに相手の戦車に爆弾を抱えて突っ込ませる作戦を実行していたのだから、兵隊の命をなんとも思わないのは日本軍の悪しき伝統か。
今日も靖国に行った政治家たちからは深い思想や理念、歴史観のようなものが伝わってこない。万が一、戦争が起こったとしても、戦いで死ぬのは自分たちの役割だとは到底考えることはないだろう。日本の権力者たち、あるいは権力機構に属する人間集団の無責任体質は今も変わっていないように思う。
指導する立場にあった人間たちの責任は、戦勝国よりもまず国内で責任を問われるべきだろうに。

「まだ東京で消耗しているの?」(イケダハヤト著)

高知に帰省している時に入った本屋で見つけた本。東京から高知に移住したブロガーの体験記。
プログへのアクセス数で収入を稼ぐというネットの時代だから可能になった生き方を実行しているアイデアマン。ネットでは批判者も多いようですが、この本の中であげているアイデアの一つ二つでも実行し成功することで、著者が「事業家」になっていくことができるのかどうかに興味があります。10年後の著者に期待しています。

ぼくの帰省先は高知県の西南部なので、著者が住む県北部とは環境はかなり違うかなと思いますが、高知県を盛り上げていく意欲に溢れる人が増えることはいいこと。
「環境を変えるだけで人生はうまくいく」という副題には無責任に賛成することはできないけど、環境を変えることが袋小路にはまってしまった時には一つの解決策になるかもしれないことには賛成。

「がんとどう向き合うか」(岩波新書)「いのち織りなす家族」(岩波書店)

どちらの書籍も、医師であった額田勲さんによる書籍。
2007年に出た「がんとどう向き合うか」ではご自身も前立腺癌にかかっていることを表明されていて、ネットで調べると2012年にお亡くなりになられている。この本を読んで著者の謙虚さや患者に対する想いの深さに感動したので読んでみたのが、「いのち織りなす家族」。この本は2002年に出された本で、この本においても著者の真摯な姿勢を確認することができた。
寿命ということ、医療の限界、どのような死を迎えるべきかなど、とても重要なテーマについて自分の考えを深めていくためのヒントを提供してくれる。
先日お亡くなりになられた日野原先生も過度の延命処置は拒絶されたと聞く。与えられた時間で何をなすのか、何を目指すのか、それなくして単に生きながらえることそのものを目標とはしたくない。

山梨学院大学国際リベラルアーツ学部訪問

昨日初めて山梨学院大学国際リベラルアーツ学部訪問。
先輩の須賀さん(丸の内起業塾塾長)にご招待いただき、須賀さんが担当する授業の最終回でゲストとして参加させてもらった。
授業は英語、須賀さんのコースを取っているのは一人の日本人を除いて残りの7名ほどは全て留学生。

夕食は駅前のイタリアレストランで、須賀さんをはじめ学校関係者とご一緒に。地元の食材を使った美味しいお食事でした。
甲府に初めて泊まり。今朝は桃狩りをして帰ってきました。
山梨は我が家のメンバーでもある甲斐犬たちのふるさと。我が家にとっては特別の場所です。

桃狩り

来月になるとぶどう狩りが始まるのかな・・・

L1000808.JPG


Forgive そして Forget

Forgiveは許す、Forgetは忘れる。これまで何も思わずにこの二つの基本的な言葉を使ってきたのだけど、そう、中学校で英語を勉強し始めて何十年もの間、何も考えずに使ってきたように思うのだけど、今日、Celine Dionの歌("It's All Coming Back To Me")の歌詞カードを見ながら歌を聴いていて、この二つの言葉のことを全く理解していなかった(あるいは完全に習ったことを忘れていた?!)ことに気づいた。For-Give、For-Get。For がGive やGetと結びつくことで、他者(あるいは自分自身)を許したり、物事を忘れたりするということ。
Celineの歌の多くは、とてもわかり安い言葉が使われているけど、いい歌詞だなあと思う。"Because You Loved Me"も簡単な言葉をつなげているだけなのに、とてもいい歌になっている。

エリザベス・ストラウトを読む。

アメリカの女性作家、エリザベス・ストラウトの2作品を読む。『私の名前はルーシー・バートン』と『オリーヴ・キタリッジの生活』。大きな物語はなく、小さな物語が淡々と語られていく。どちらの本も素敵な装丁だ。

事業開始20周年記念パーティ

1997年6月末に秋葉原のPC教室をお借りして、ワードやエクセルの試験を行ったのがオデッセイコミュニケーションズの事業の始まりです。それを記念して先週金曜日(7月7日)夜、都内でささやかなパーティをおこないました。これまでお世話になった方々のすべてではありませんが、お時間の都合をつけていただくことができた多数の方々にご出席いただいたことに感謝です。簡単なスライドショーでは、ぼくの20年前の写真もちらっと写したのですが、当然ながらあの頃は若かった。

10年後には30周年記念のパーティをおこなうべく、人生を楽しみつつも、社業には精を出していきます。


IMG_0605.JPG

科学的根拠をもとにした漁獲

今日の朝日新聞朝刊に、このままだと日本では魚が獲れなくなるというインタビュー記事が出ていた。水産会社の社員で輸入を担当してきた方と、近畿大学で水産業の研究をしている先生の話が紹介されていた。
二人とも同じような内容の話で、魚が獲れなくなってきていることについて大きな見解の違いはないように思う。
この「オピニオン&フォーラム」のページをまとめるとこんな話になる。
1 世界中で魚の消費量が増えている。日本は「買い負け」するようになり、求めるようには魚が輸入できなくなっている。
2 日本で魚の水揚げが減っているのは、科学的根拠を基に漁獲高を管理するルールが機能していないから。漁業者はできるだけとりまくる。獲りすぎに気づいていても成魚になる前の小さい魚まで獲ってしまう。
3 他国では漁獲枠を定める調整が機能しているケースがあるが、日本では行政の調整機能が働いていない。科学者、政治家が科学的根拠を基に制度を作ったノルウェーの例がある。
4 本来豊かなはずの日本の海で、この先も獲り続けられる持続的なレベルに戻す取り組みを進めないと、魚は確実に不足する。

この前、医療関係者と話していたら、医療の分野では「エビデンス(証拠)に基づいた議論」というのは20年くらい前から話題になっているという話を聞いて驚いた。エビデンスという言葉が一般化したのはこの数年のことのように思うから。

至る所で課題が噴出し、ちゃんとした解決策を見つけていくためにまず事実関係をきちんと把握、理解しましょうということで、「エビデンス」という言葉が頻繁に使われるようになったという印象。難しいのは、それぞれの立場があるため、自分に都合のいい「エビデンス」を求め、主張する傾向があること。次には、「エビデンス」の理解では合意ができたとしても、「これでは食っていけない。俺の生活をどうしてくれる」となって、開き直りの議論を展開するグループが出てくること。なかなか難しい。