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コロナの時代の「新しい稼ぎ方」が必要。

うちの会社もテレワークにはいって2か月近くになろうとしています。当社のビジネスはITなどのスキルを対象としているものですが、基本的な性格は一言でいうとサービス業。接客は伴わないけども、試験会場で受験者をお迎えして試験を受けていただくということを仕事とするサービス業なのです。
すべての社員が在宅で仕事ができるわけではなく、どうしても一部の社員は会社に出てくる必要がある(ハンコをおすためではないですよ、念のために)のです。ぼく自身は自動車通勤をしているので、毎日会社にはでています。

政府や経済団体などは、コロナの緊急事態宣言が解消されたとしても、「新しい生活の仕方」を始めましょうと喧伝しています。われわれに対する提案であり、お願いということでしょうか。
ここ数年「働き方改革」という言葉が世の中に舞っていました。コロナが加わったことで、ハンコをやめようとか、テレワークをしようとか、いろいろなことが言われています。コロナが後押しする「働き方改革」の第二弾が始まったとような印象です。
でもどうも違和感を感じています。働き方や仕事の仕方は、政府に言われて変えようなんて気にはなりません。(へそ曲がり!)
自分たちでその必要性を感じて、それが肚落ちして変えることはあり。いや常に環境の変化にさきさき対応しながら変えていくのは当然。
テレワークは結構なのですが、いま日本で必要なのは、「新しい働き方」ではなく、コロナ時代に対応した「新しい稼ぎ方」のはず。「新しい働き方」がハンコをなくそうとか、5割くらいはテレワークしようとか、そういうような例で始まって終わるんだとしたら、相変わらず「掛け声とやってるふりの、タマシイなき日本だね」という気がするのです。
もちろん、社員が満員電車でコロナに感染する危険性を減らすために、テレワークと時差出勤の組み合わせはある程度必要かと考えています。
でも、稼いでなんぼ。売上を心配しなくていい公務員の方たちとは、われわれは違う立場にあります。
テレワークの目の前の目的は感染リスクを減らすことでしょうが、それだけで終わってしまっては、ますます日本は稼げない企業であふれかえることでしょう。
「新しい稼ぎ方」につながらないテレワークは長く続かないように思います。

映画漬けの週末

この週末は録画していた映画を見ています。大林宣彦監督の『時をかける少女』。原田知世を世にだした映画。いまは歌手としての原田知世が好き。もう100%大林宣彦の世界!
二つ目はクロード・ルルーシュ監督の1981年公開の映画『愛と哀しみのボレロ』。大学生のころ映画館で観たような気もするけどはっきりしていないので、観ていないのかもしれない。この映画は1930年代から1980年代までの50年にわたる人間ドラマを描いた大河作品で、クロード・ルルーシュの「戦争と平和」だ。
3時間近くの長編で登場する人物たちも多数にわたるので見る側にも忍耐力と体力が必要なんだけど、もう一度観てみたい。
そして三つ目が『ドラゴン危機一髪』。ブルース・リーのデビュー作品。このころの香港映画の手作り感がなんとも言えない。

コロナのおかげでこれまで以上に家の中に閉じこもり、「不要不急」の外出はしないようにしている。
結果、録画したまま見ていなかった映画を見たり、積読になっていた長編小説を読んだり。コロナがもたらした(いや、「強いている」といった方がいい)数少ないプラス面か。

「コロナの時代の愛」

今年のはじめの頃のことを思い出すと、なんと気楽な時間だったことよと思ってしまいます。会社で溜まっている新聞の記事を読んでいても、1月、2月くらいまではまだコロナ感染症は対岸の火事のような感じがしますが、この1ヶ月ほどで一気にこちら側に飛んできました。ただ、1月あるいは2月の段階でもうすでにかなりの数の感染者が出ていたはずです。中国からのインバウンド客、海外旅行から帰ってきた日本人。彼らが持ち込んできたコロナウィルスを、多数の日本人が感染していたと想像できます。安倍政権、オリンピック開催へのこだわり、インバウンド客の落としてくれるお金に目が眩みましたね。
オデッセイコミュニケーションズ でも今週から本格的に在宅勤務を始めています。すべての社員というわけにはいかないのですが、半数以上は在宅に入っています。
1月にロンドンに行き、3月はアメリカとシンガポール、そして5月には初めてのイスラエルを予定していたのですが、すべてキャンセルとなりました。海外だけではありません。国内の移動も控えています。国内のお客さん訪問もしばらく中止。毎月移動することに身体が慣れてしまったぼくにとって、これだけ移動しないことはしばらくぶりのように思います。
仕事はもちろん継続して行きますが、こういう時こそ、じっくり読書にはまりたいです。いま「戦争と平和」を読んでいます。このあと読みたい長編小説のリストには、プルーストがあります。大学生の頃からずっと挫折して積読になっているプルーストさん。
あ、でもその前に、マルケスさんもいます。「コロナの時代の愛」いやいや「コレラの時代の愛」Love in the Time of Cholera.
最後になりますが、この前からFacebookを始めました。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100044821090473

『国会議員基礎テスト』(黒野伸一著)

先週、九州出張に出かける際、羽田空港の売店で見かけて買った本。国会議員にも検定試験をという帯にひかれて買いました。
実はあまり期待していなかったのですが九州滞在中に読み終えてしまいました。政治の裏側、特に選挙の実態を垣間見ることができたことと、心温まるストーリー展開が魅力。
こういう小説は、かつてなら「中間小説」というカテゴリーに入るのではないかと思います。スピード感をもって読み進むことができました。
この作者の名前は初めてでしたが、おもしろかったので、『あさ美さんの家さがし』という別の小説も(これは図書館で借りて)読んだのですが、これも同じように心温まるストーリー展開で、作者の狙っているところがなんとなくわかった気がしました。

どちらもテレビドラマにするとおもしろい番組になるのではないかと思います。
最後に。「国会議員に検定試験を」という案、だれかマジで進めてもらえないだろうか?

9年目の3・11

2011年3月11日から9年がたった。東日本を襲った大地震と津波は我が家にも大きな影響を与えた。液状化で家が20センチ以上も傾き、水道や電気、ガスが使えない日が一か月以上もあったわけで、日常生活は不便さでしばらくたいへんだった。一番こまったのはトイレが使えないこと。みなさん、トイレをバカにしてはいけない!
震災後、なんどか被災地を訪問したりもし、目にした風景には驚きもした。最後に被災地を訪れたのは3年前の春だっただろうか。東北の春の頃にはまた福島、宮城、岩手に行ってみたい。岩手には大好きな阿部正三郎さんもいらっしゃるし。

アダム・スミスがいま生きていたら

3月7日の朝日新聞の書評コーナーで、『スミス・マルクス・ケインズ』という本が紹介されていた。3人の経済学者を主役にすえた人物論ということ。
著者のスミス理解は、小さな政府、自由放任を唱えたスミスとは正反対で、「スミスは現代に生きていればおそらく社会民主主義者になっていただろう」というものらしい。競争と自由市場の擁護は、国家と結託した特権階級を理論的に打ち砕くためだった、とか。
主義主張、理論も歴史的な文脈、提唱された時代背景を抜きにとしては理解できないし、理解するべきではないとも言える。
この本の著者はウルリケ・ヘルマンというドイツのジャーナリスト。まちの図書館に彼女の別の著書『資本の世界史』があるようなので、まずこの本を読んでみようと思っている。

ことほぐ(寿ぐ)

「寿ぐ」とかいて、「ことほ・ぐ」と読む、とか。父の名前は寿なのでこの漢字には特別なものを感じる。
古代の日本では、祝いの言葉を述べることを「ことほぐ(言祝ぐ)」といい、「寿詞」「寿賀」に相当するため、「ことほぐ(言祝ぐ)」を「寿」の訓としたと聞く。
日本中、コロナ、コロナで、ことほぐというタイミングではないけど、早く気持ちよくことほぐという言葉がふさわしい時がくるのを待っている。

『食事のせいで、死なないために(病気別編)』(マイケル・グレガー著)

肝臓治療を専門にするある先生のツイッターで推薦されていた、科学的調査に基づいた書籍。この本からあらためて食事の重要性を再認識した。
1 食こそ医の原点であり基本である。
2 にも関わらず、アメリカの医学部でも栄養学にあてられる授業数は非常に限られている。
3 なぜそうなるのか?栄養学では医者にとってはカネにならないから。治療を行い、薬を処方することでカネになる。
4 緑黄色の野菜、果物を中心とする食事に変えていくこと。
5 肉(特に加工肉)はよろしくない。魚も調理の仕方によってはよろしくない。
6 政府が発表する報告書等は必ずしもあてにならない。なぜか?業界団体の政治的圧力に屈するから。
7 人間の死因の多くが生活習慣病になった今の時代、なにを口に入れるのかこそ、もっとも重要な健康イッシュー。

父や母が自らの身体をもって示していくれたことのひとつは死へのプロセスは長年にわたって静かに進んでいくこと。そのなかで重要なカギを握るのが食事、運動、そして人とのコミュニケーション。

2020年2月22日

2020年2月2日につづいて、0と2のふたつの数字で表することができる日。残念ながら0と2の組み合わせの日付は今年はこれで終わり。
次は2022年2月2日と、2022年2月22日。

変化の時

気になる記事を見つけた。昨日、新聞に出ていた女性週刊誌の広告にあった見出し。人間の身体は平均34歳、60歳、78歳前後に老化が一気に進んでいくという話。
記事のもとはスタンフォードの研究チームが発表した研究成果に基づいているとか。
ネットで調べてみると、ニュースウィーク日本語版に以下のような記事がでていた。

「ヒトの老化は、34歳、60歳、78歳で急激に進むことがわかった」

昨年12月で60歳になったぼくとしては関心を持たざるを得ない記事!
だからといって急に何をするわけでもないのだけど、睡眠、食事、運動。この3つに注意をしていくだけ。

大学入試制度をめぐるインタビュー記事

数日前、朝日新聞に教育分野のインタビュー記事として、「英語民間試験見直し」の結果、「すでにある教育格差がさらに広がる恐れ」があるという意見が出ていた。意見の持ち主は現在大学で教え、教育行政にも参加されてきた「識者」。
限られた文字数のインタビュー記事なので、どういう理由でそうなるのか、詳しい説明はなかったが、この記事を読んでいても原因と結果のつながりがよくわならなかった。「今のままでは、学力があるトップ20%の層と、残り80%の層の知的分断がさらに深まるでしょう」という。
大いに同意した意見は、「高校、大学、民間試験の実施団体などとしっかり意見交換してこなかった文部科学省の責任が大きい」「彼らこそ、コミュニケーション能力が不足していた」。
教育をめぐる議論は本当に難しい。経済人も、キャリアの最後にはみんな教育評論家になるような印象。みんな一言、言いたいのが教育問題。
社会の分断、家族や人間関係が複雑になったり、バラバラになったりして、問題の原因を突き詰めていくことそのものが難しい。英語の民間試験を採用しなかったことと、教育格差が広がっていくことがどう関係するのか、じっくりとこの識者の考えを聴いてみたいと思った。

2020年2月2日

今日は数字であらわすと、0と2だけになる。それだけでもちょっと特別な日だなと思ってしまう。
日の出の時刻がすこしずつ早くなってきている。週末は、ふだんよりもすこしだけクウ太郎との散歩の時間を遅くすることができるのだけど、その時の外の暗さ加減もすこしずつ軽くなってきているように思う。
冬も決して嫌いじゃないけども、春が近づいてくるのもいい。心がなんとなく軽くなってくるから。春になったら行きたいところがいくつかあるし。そんなことを考えながら、冬の終わりに向かって時間が過ぎていくのも悪くない。

2020年初めて

2020年が始まりもう18日になりましたね。最後にこのブログをチェックしてから一か月近くになろうとしています。
昨年は身内のことでたいへんなことがあり、自分も老いていくことをとても感じた1年でした。愛犬のクウ太郎君も16歳。自分自身60の大台に上り、これからの時間を丁寧に使っていきたいです。

先週末用事があって京都に行きました。到着日は仕事でしたが、翌日は東京に帰るまで自由になる時間があったので妙心寺という臨済宗のお寺に行ってきました。今年は臨済禅を勉強し、毎日の生活の中で少しずつですが実践もしていきます。
若いころから、人生を20年ごとに区切って考えていました。人生最後の20年に入り、これからはモノや人間関係を絞っていき、心身ともに身軽になっていきたいです。

近況報告

60歳

シニア入りした証拠写真もアップしちゃいます。
あまり写真とか出したくはないのですが、ときどき知人、友人たちがブログを見てくれているようなので。
今週、お取引先の方が誕生日祝いにランチに誘ってくださったときの写真。アンチエイジングに励まなくてと思いますが、特別のことができていません。
早寝早起きくらいかな。もうすこし運動(水泳!)をしたいと思います。

「シニア」の仲間入り

経団連から送られてきた「月刊経済広報」という小冊子に目を通していたら、

「シニア」は60歳以上、「老人」「高齢者」は70歳以上をイメージ

という見出しが目に入ってきました。高齢期の暮らしに関するアンケート調査の結果だそうです。
ついにクロイヌもシニアの仲間入りをしたということ。これが現実! いくら見たくないと思っても。
我が家のクウ太郎は犬年齢で16歳ですから、もう堂々たる「高齢者」「老犬」です。

還暦ということだそうで。

今月60歳になりました。世でいう「還暦」ということだとか。
生まれたときと同じ暦に還る(赤ちゃんに還る)という意味で「還暦」と呼ぶそうですが、人生80年、20年ごとにステージが展開すると想定しておくと、ついに自分の人生も最終ステージに入ったと考えています。
でも必ず80歳まで生きられるかどうかはわからず、いつどうなるかわかならないことを肝に銘じて、一日一日を丁寧に生きていきたいです。
これまでお付き合いいただいた知人、友人、仕事でお世話になってきたお取引先のみなさんに感謝です。
そして父、母にも。

16歳のおじいちゃん

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愛犬クウ太郎が今週16歳の誕生日を迎えました。これまでさんざん苦労をかけてくれてありがとう!君のおかげで手に傷は受けるし、早朝の脱走劇で警察のお世話になるし、毎月の動物病院通いで時間とお金はかかるし、まあ、手のかかるワンコ。
君がいるから毎朝の散歩もあるわけで、すこしは僕の健康管理にも貢献してくれているかな。でも、家のなかでのウンチとおしっこはほどほどにしてくれよな。
君の仕事はこれからも長生きすること。それが一番重要な君の仕事だからね。

残り2ヶ月

2019年も11月に入り、残り2ヶ月弱。
そして来月の誕生日でボクも60歳の大台に乗ってしまいます。ああ、イヤだ、嫌だ!
自分のこともそうなんだけど、もっと気になっているのは、我が家のクウ太郎君。今月迎える誕生日で彼も16歳。人の年齢で言うともう80歳は越えているのではないかと思います。
この1年ほどでめっきり弱くなったのが足腰。家の階段を上がることができなくなってきて、特に「下り」がだめ。足の踏ん張りが効かず、どどどーと、転げ落ちてしまいそうになるため、抱き抱えて降りて行きます。

2015年8月16歳と半年で亡くなったカイ(♀甲斐犬)はボクが海外出張から帰ってくるのを待つかのように、帰国した翌日に月へと旅立って行ったのですが、カイが最後に見せてくれたのは命あるものすべてがたどる老化から旅立ちへの過程。今、同じようにクウ太郎(♂甲斐犬)が、老いていくことはどういうことかを、日々の生活の中で教えてくれていて、これまで以上にクウ太郎への気持ちが強くなっていくのを感じます。散歩に出かけ、無事ウンチをしてくれると、ほっとするなんてことも。老犬の介護はたいへん!

今年に入って、オーディオブックを聴く時間が増えています。
昨年、英語のオーディオブックのAudibleの会員になって以来、毎月英語の本のオーディオブックを一冊聴くようにしていますが、半年前からは日本語のオーディオブックを展開している、オトバンクのAudiobook.jpでもいろいろな本の朗読を購入しています。この1、2ヶ月で、『日本の思想』(丸山眞男)、『リークワンユー、世界を語る』、『知的生産の技術』(梅棹忠夫)、『夜と霧』(ヴィクトール・フランクル)、『ローソクの科学』(ファラデー)、『戦争と平和第一巻』(トルストイ)などなど。ボクは今のベストセラーよりも、古典的な本の方が好きなので、購入するのは岩波系の本が多くなってしまいますが、書店で平積みなっているような本もオーディオブックになっているので、audiobook.jpで、チェックしてみてください。
オトバンクの創業者の上田君には、かつて、「アイデア・エクスチェンジ」にも出てもらったことがありますし、今週も一緒にランチをしたりしていて、応援しています。

今年も残り2ヶ月。クウ太郎と一緒にがんばります。

ラグビー、台風、そしてクルド

昨晩の日本とスコットランドのラグビーの試合にはちょっと興奮してしまった。南アフリカ出身でラグビーのファンであるアメリカ在住の知人からはお祝いのメールが来たし、ロンドンに住んでいるイギリス人の知人からもメール。
世界中のラグビーファンが昨晩の日本の勝利に感心したのかな。
でも一方では、台風で50名を超える人たちが亡くなり、家をなくしたり、家財を失った人たちも多数でている。日本代表が決勝トーナメントに進むことになったことを喜んでばかりはいられない。
日本から遠い国では他国からの攻撃を受けている人たちがいる。シリア北部へトルコが空爆を行い、クルド人たちが多数殺されている。トルコがこの攻撃を始めた背景には、トランプがシリアから米兵を撤退させることを決め、ISを撲滅するためにいっしょに戦ってきたクルド人たちを見捨てたことがあるということだ。刑務所に入れられていたISの兵士たちはこれを機に脱走し、さらにはクルド人たちを襲撃し始めているともいう。ツイッターで人権活動を行っていたクルド人女性がISたちに虐殺された写真が出ている。
いったいアメリカはどうなっているんだ。かつてアメリカに見捨てられた中東の国の政治家の息子が東京に来たとき、「アメリカは頼りにならない、信頼しないほうがいい」と言っていたことを思い出す。日本の政治家や官僚が心の底ではアメリカを信用しきっていないことを祈るばかりだ。

「ビル・ゲイツの頭の中」

新聞か雑誌か、どこでその記事を読んだのか忘れましたが、ネットフリックス(Netflix)が制作した「Inside Bill's Brain」(ビルの頭の中)という、ビル・ゲイツのドキュメンタリー番組がおもしろいという記事を読み、その番組が見たいのでNetflixに登録してみました。最初の一か月は無料でそのあと、正会員になるかどうか、決めることができます。
Netflixは以前から知っていましたし、かれらが制作した映画『Roma』(アカデミー賞受賞)は、特別に映画館で上映されていた時、作品を観てとても印象に残っています。
今回、ネットで申し込みをし、とてもスムーズな登録プロセスに感心しました。
さて肝心のビル・ゲイツに関するドキュメンタリーですが、ゲイツとの長時間にわたるインタビューに加えて、彼の幼少期、マイクロソフトの歴史を丁寧に紹介するもので、ビル・ゲイツがゲイツ財団を通して、なにを成し遂げようとしているのか、よくわかる内容でした。
ぼくはこの番組を見るためにNetflixに登録しましたが、その価値はあったなと思っています。一か月後、正会員になるかどうか、それまでにこれ以外のコンテンツものぞいてみようと思います。
先月、Malcom Gladwellの「Outliers」をオーディオブックで「読んだ」のですが、ビル・ゲイツはこの本の中でも取り上げられています。特に、彼が13歳から18歳になるまでの数年間の間に、Lakeside という私立学校で、その当時大学生や社会人たちでも好きなだけコンピューターを使うことができなかった時代、いかに彼が有利な利用環境に恵まれていたのか、それが著者がいう「一万時間」という「訓練期間」を達成する「雌伏」期間になったのか。
「ビル・ゲイツの頭の中」と「Outliers」をまとめてみると、いかにビル・ゲイツが努力の人なのか、とてもよくわかります。

『ワンルーム・ミュージック』

MCの前山田健一のことも、岡崎体育のことも、名前さえも知らなかったけど、タイトルにひかれて録画していたNHKのEテレの番組。
録画した後に見たら、とてもおもしろかった。二人とも楽譜が読めない音楽家で、後編の番組で紹介されたゲストの眉村ちあきも楽譜が読めない音楽家。
この人たちって、デジタルネイティブの若者なんだなと思って、俗に言うデジタルネイティブの若者のことがちょっとだけわかったような気がした。
音楽理論も勉強したことがなく、感性だけで音楽を作っている彼らが10年後、いや5年後にも音楽が作れているのかどうか?
眉村ちあきは、アップルのGarage Band で曲をつくっていて、その風景が番組内で紹介されていて、これもおもしろかった。
ぼくは彼らの音楽がそれほどおもしろいとか、いいとは思わなかったけど、若い人たちからの支持があるのだとしたら、それがいまの時代の一側面なんだろうな。
NHKのEテレって、ほんとにおもしろい番組をときどきやっているね。
NHK『ワンルーム・ミュージック』

『山本五十六の乾坤一擲』(鳥居民著)

領土問題にしろ、慰安婦問題にしろ、あるいは旭日旗の問題にしろ、日本の1945年まで35年間続いた韓国統治、1931年から1945年にかけて中国さらにはアメリカをはじめとする連合国軍との戦いとその戦いに敗れたことを勉強していかないと、上っ面のことしか見えないので、すこしずつですが、歴史の本も読むようにしています。
鳥居民は、大作『昭和20年』で知られる歴史研究者で、この『山本五十六』は表題の山本五十六をひとりの主人公とするのですが、もう一人の「ダークな」主人公は、内大臣であり、昭和天皇の相談相手でもあった人物、木戸幸一。祖父は木戸孝允。
著者はさまざまな資料から、山本五十六の戦争突入中止の必死の願い(天皇に直接訴える機会を模索していたという)を、木戸幸一が「にぎりつぶした」のではないかという推論を立てている。
木戸幸一は東京裁判でA級戦犯となるも、裁判では自分の日記を提出して「いい子」ぶったというなんとも小賢しいところを感じさせる官僚あがりの人間で、どうもいけ好かないタイプのような印象を受けた。
生き残った関係者たちは、自らの立場を守るということだけでなく、天皇を始めとする皇族関係者たちを守るということもあってか、沈黙を守った人間たちが多く、著者の仮説や推理の部分が目立った。

歴史的な事実関係とは別に、いくつかの教訓がこの本からあった。
1 「位が上がれば上がるほど増えていく儀式と行事、それに合わせて限りなく不勉強になっていく」(ページ32)。
2 トップの人間は現場の情報をダイレクトに得るチャンネルを常に持っていないといけない。

すべての組織に当てはまること。いまの政治も会社も。
祭り上げられたリーダーが注意すべきことは、この時代の日本の歴史を見ると痛いほどにある。戦前の日本を懐かしむ発言をする口さきの勇ましい政治家のみなさんには、ぜひ歴史のお勉強をお願いしたい。

『キケロ_ヨーロッパの知的伝統』(高田康成著)

こういう本を読むと、いかに自分たちのヨーロッパ文化の理解が浅薄で間違ったものになっているのか、読むべき本をわかっていないのか、と思い知らされます。キケロなんて、名前程度で、そういえば岩波文庫にあったけど、特に読んだことなかったな、くらいの無知さ加減からこの本を読み始めたので、とても面白く読みました。
特に、最終章(第5章)の「西洋学の遠近法」の章からは、改めていろいろなことを教わったように思います。

・ 日本ではギリシアがローマよりも重きを置かれているが、西洋文明に大きな影響を与えたのはローマであること。
・ 日本人の読書傾向もローマの文人たちよりも、ギリシアの文人たちに偏っていること。
・ 明治の時代に出会ったヨーロッパ、その時ヨーロッパでの流行りに多大な影響を受けていて、その流行りに至るまでに積み重なっているヨーロッパにおける文化の伝統への理解が乏しいこと。

もう上げていくとキリがないほどですが、以下のような文章は、ぼくのような人間には一撃となってこたえます。

 「米英文化の輸入超過は、映画からポップ・ソングまで、あまりにも明らかであり、その根底には英語を媒介としたアメリカン・カルチャーの遍在ということがあるだろう。そして、「キャピトル・ヒル」を首都にもつ国の文化を、その根底にまでたどって、カピトリヌスの丘をもつ文化との関連で見る人は、少なくともわが国では、少数派に属する。」

日本が、あるいは日本人が、まっとうな西洋理解にたどり着けるまで、あと何世紀かかるのだろうかというのが読後の感想の一つですし、西洋だけでなく、東アジア各国の理解さえも怪しいのではないかという恐ろしい気持ちにもなってきます。

8月15日は大切な日だ。

1945年のこの日、太平洋戦争が終わった日。15年戦争とも言われる負け戦。戦った人たちは決して愚かではなかったけど、戦いそのものは愚かな戦さだったと、今からみると、そう見えてしまう。どうしてあれだけの国力の差がある国々に立ち向かっていったのか、どのグループたちが開戦への道を突き進もうとしたのか、これからもずっと考えていかないといけないこと。
総計で310万人の日本人が命を落とし、アジアの国々でも多くの人たちが亡くなった。ぼくは宗教性のある靖国には行こうとは思っていないけども、戦争で亡くなった人たちへの気持ちは持っていると思っている。

8月6日の朝日新聞朝刊のインタビューに、千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会会長の津島雄二さん(元自民党代議士)が、宗教色なく、戦没者に限定せず、国のために尽くした記憶に残したい人を弔う場としの千鳥ヶ淵の将来像を描いていた。津島先生とはまったくひょんな事で、何度かお目にかかったことがあって、もうすぐ90歳になられようかというお年なのに、ぴんと背筋が伸びた姿勢で歩かれる様子を拝見して、それだけでも敬意を持ったのだけど、このインタビュー記事を読んでとてもバランスのとれた、また国際感覚あるご意見に共感した。(国際性というのは、先生が大蔵省に在籍していた頃のフランスでの勤務が大きく影響しているようだ)

津島先生のインタビュー記事の後は、翌日7日に、歴史学者の吉田裕先生(一橋大学名誉教授)が同じコーナーに登場されていた。吉田先生が書かれた『日本軍兵士』は昨年読んだ本の中でとても記憶に残っている本のひとつ。20万部売れたのはとても良かった。この本で知ったことの一つは日本兵士の多くが最後の1年の間に亡くなったこと、戦闘ではなく、栄養失調で亡くなった兵士が多いこと、日本政府は死亡の時期や原因などをきちんと公表していないこと。政府の隠蔽体質はまったく変わっていない。(日本のエリートたちは自らの失敗を指摘されることを恐る小心者たちが集まっているのか?)それとも調査能力も、調査しようという意志もないのか?
日本軍は「兵隊は世界一、将校は世界最低」(表現は違っていたかもしれませんが)というような言われ方をされていたと、どこかで読んだことがある。今の日本の組織にも言えることだろうか。

もうこの辺で止めよう。戦争のこと、今の日本社会があの戦争からどれだけのことを学んだのか、リーダー(エリート)たちはそう呼ばれるにふさわしい仕事を果たしているのか、リーダーは責任を取ってきたのか?まず自分のことをしっかりと振り返りたい。
最後に4年前のこの日、海外出張から帰ってきた翌日だった2015年のこの日、愛犬が月の世界に旅立っていった。二重の意味で8月15日は大切な日。

映画「存在のない子供たち」

久しぶりに映画館でみた映画。新聞各紙では非常に高い評価を受け、紹介もされている映画ですが、ぼくが入った時間は館内はがらがらで残念な気持ちになりました。
中身は、監督の発言を引用しながらの中東を専門にするジャーナリスト、川上泰徳さんによる記事を読んでいただけるとよくわかります。
→川上泰徳 「中東ウォッチ」(検索をしてください)
また公式ホームページもあります。
映画公式ホームページ
主人公の男の子の存在がとてもたくましく、優しくて、感動的。試練が彼を鍛えていき、大人になった時、彼がどんな仕事をするのか、とても楽しみ。